日蓮大聖人曰く
*問うて云く法華経の意をもしらず只南無妙法蓮華経と計り五字七字に限りて一日に一遍一月乃至一年十年一期生の間に只一遍なんど唱えても軽重の悪に引かれずして四悪趣におもむかずついに不退の位にいたるべしや、答えて云くしかるべきなり*

一生にたった一言、「南無妙法蓮華経」と唱えるだけでも、不幸にはならない絶大な功徳が南無妙法蓮華経の題目にはあるのです!

日蓮大聖人曰く
*世間の悪業衆罪は須弥の如くなれども此の経にあひ奉りぬれば・諸罪は霜露の如くに法華経の日輪に値い奉りて消ゆべし*

仏法以外の罪業がどんなに大きくても、法華経の題目が書き顕された御本尊に向かって題目を唱えれば、簡単に消滅できるのです。
ゆえに、題目の数や個人の悪業の多さに関係なく、題目を唱えれば不幸のままで終わりません。

ただし、条件があるのです。

日蓮大聖人曰く
*謗法を責めずして成仏を願はば火の中に水を求め水の中に火を尋ぬるが如くなるべしはかなし・はかなし、何に法華経を信じ給うとも謗法あらば必ず地獄にをつべし、うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し*

宇宙一極大な罪である『謗法』を犯さないことです。
『謗法』とは、何か。

日蓮大聖人曰く
*謗法とは法に背くという事なり*
*十四誹謗も不信を以て体と為せり*
*日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし*
*法華経を持ち説く者を一言にても毀る事あらば其の罪多き事、釈迦仏を一劫の間直ちに毀り奉る罪には勝れたり*
*悪象の為に殺されては三趣に至らず。悪友の為に殺されては必ず三趣に至る。是の悪象等は唯身の怨と為る、悪知識は善法怨と為らん。是の故に菩薩常に当に諸の悪知識を遠離すべし*

南無妙法蓮華経と正しい信仰者を決して軽善誹謗してはならないと教えた仏法に背く事です。
悪知識(邪教団及び邪師等)を恐れ遠く離れよと教えた仏法に背く事です。
この謗法さえ犯さず題目を唱え人にも勧めるならば、必ず不幸を解決し幸福になることが出来ると教えているのです!

つまり、
南無妙法蓮華経を疑わずに信じて題目を唱え、他者にも勧めながら、
日蓮大聖人と正しい信仰者を正しく尊敬し、
日蓮大聖人の教えに違背する教団や人を放置せずに批判することが、悩みを解決し、絶対最高の幸福をつかめる確実な道なのです!