『「弘安二年の大御本尊」こそが 根本の法体』なる大石寺根本の邪義をカンタンに破折する!
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における<真実の本仏との会話>が、私の我見ではなく、本仏の本心である事を証明する。
赤文字部分が根拠となる文証(御本仏自身の言葉)です。

<真実の本仏との会話>

凡夫>「貴方が生まれて来た目的は何ですか?」

本仏>「南無妙法蓮華経(を広める事)が私の目的です!」

*南無妙法蓮華経是なり、此の五字日蓮出世の本懐なり*
(出世の本懐←仏菩薩が生まれてきた目的)


凡夫>「だから、建長五年から、ずっとお題目を広めてこられたんですね。」

本仏>「生まれたときから、お題目を広める事だけを考えてきました。」

*日蓮生れし時よりいまに一日片時もこころやすき事はなし。此法華経の題目を弘めんと思ばかりなり*(弘安2年)


凡夫>「だから、お題目の事を「日蓮出世の本懐」だけでなく、「日蓮が魂」とも、「法体」とも、「血脈」とも、「眼(眼目)」とも、「一大秘法」とも明確に書き残されたんですね。」

本仏>そうです。末代幼稚の一切衆生を救うために、迷わせないために、あらゆる角度から明確に書き残しました。

*一大秘法を留め置きたもう(中略)其の所属の法は何物ぞや(中略)妙法蓮華経の五字*

*題目の五字に万法を具足す*
(三大秘法を具える)

*日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし*
(本仏の魂)

*法体とは又なにものぞ南無妙法蓮華経是なり*
(法体とは仏法の根本の事)

*妙法蓮華経の五字過去遠遠劫より已来寸時も離れざる血脈なり*

法華経は諸天世間の眼目なり、眼とは南無妙法蓮華経なり*

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凡夫>でも、大石寺の信者達は、その「南無妙法蓮華経」とは、大石寺にある「本門戒壇の大御本尊」の事だけだと信じ込み、言い張っています。

本仏>私が、いつどこで「南無妙法蓮華経」とは「本門戒壇の大御本尊」等と言うものの事だと書きましたか?

*一字一句も候はず*

*説法の内には一字一句も有るべからず*

*本門の本尊と申す名だにもなし、何に況や顕れ給はんをや又顕すべき人なし*


凡夫>大石寺では、それは「秘仏だから書き残さなかったんだ」と言っています。

本仏>私は「私が書いてもない法門を造り出す者は、大悪魔がその身に入った者だけだ」と教えたでしょ。

*私ならざる法門を僻案せん人は偏に天魔波旬の其の身に入り替りて人をして自身ともに無間大城に堕つべきにて候つたなしつたなし*


本仏>私は、南無妙法蓮華経と「本門の本尊」も明確に区別し、明確に判断出来るように書き残したでしょ。
もしも、南無妙法蓮華経が「本門戒壇の大御本尊」なる本尊の意味なら、たとえ「秘仏」だったとしても、「南無妙法蓮華経とは『本門の本尊』の事」だと書き残します。
「本門の本尊」と明確に区別して書いた「南無妙法蓮華経」の意味が、「本門戒壇の大御本尊」なるものの訳が無いでしょう!

*事行の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊*

*本門の本尊と四菩薩と戒壇と南無妙法蓮華経の五字*

*法体の妙法蓮華経の五字を弘め給うのみならず、宝塔の中の二仏並座の儀式を作り顕すべき人なし*


本仏>普通に読んで「題目」の意味である「南無妙法蓮華経」が、もしも「本門戒壇の大御本尊」の意味なら、末代幼稚の凡夫はすべてに迷ってしまう事でしょう。
なぜ、一切衆生を救うために生まれた私が「本門の本尊」と書けば信者全員が救われるのに、「南無妙法蓮華経」などと、紛らわしく誤解を与える書き方をする必要がありますか?
私は、末法の人々を迷わせるために出現したのではありませんよ!

*東を西といゐ天を地といゐいだしぬれば万民は・かくのごとくに心うべし*

*予年来己心に秘すと雖も此の法門を書き付て留め置ずんば門家の遺弟等定めて無慈悲の讒言を加う可し、其の後は何と悔ゆとも叶うまじきと存ずる*

*いふと・いはざるとの重罪免れ難し、云つて罪のまぬがるべきを見ながら聞きながら置いていましめざる事・眼耳の二徳忽に破れて大無慈悲なり*


本仏>私が命がけで書き残した御書の教えを、大悪魔の教えに歪められる事なく、真っすぐ「ありのまま」に読み、実践すれば成仏出来るんですよ。
私が命がけで書き残した御書の教えを軽く考え、大悪魔の教えにカンタンに騙され、真逆に読んで実行すれば、カンタンな道理も分らぬ頭破七分者となり、死後は無間地獄に堕ちるのですよ。

*末代悪世に此の経を有りのままに説く人には敵多からんと説かれて候*

末代悪世に法華経を有りのままに能く説かん是を難しとす

*星を見て月にすぐれたり石を見て金にまされり東を見て西と云い天を地と申す物ぐるひを本として月と金は星と石とには勝れたり東は東 天は天なんど有りのままに申す者をばあだませ給はば勢の多きに付くべきか*

*総じて日蓮が弟子と云つて法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ*

*謗法とは法に背くという事なり*

*法とは題目なり*

*末法に入つて本心とは日蓮弘通の南無妙法蓮華経是なり*


2019.10.13 日蓮大聖人御入滅の日に加筆訂正した。