さて、出生の分らない法主が三代も続き、七代目は、大功徳有るはずの血脈相承から九ヶ月後に急死し、八代目である。
八代目からすでに血脈は途絶えたとする学者もいる。
なぜなら、九ヶ月で死去することは本人も予想だにしなかっただろうし、なんと、1407年3月10日死去したその当日に八代目に代替わりがなされているからである。
これは、さらにさらに驚く事に、6代から、早死の七代に相承がなされたとされるのも6代死去の当日であり、本当に相承がなされたのか疑わしいのだ。
人は、なかなかパッと死ぬことはできない。
ほとんどが、病に伏して後に亡くなるのである。
死亡する当日とは、最も病の重い状態であり、そんな最悪の状態の時に、大聖人御真筆本尊の力用をも左右するほどの「内証成仏」の相承ができるとは、考えられない。
これは、6世までの法主が、当然、前法主の死去数年前から相承を受けていた事からも明らかである。
相承は、少なくとも七代目から途切れたと見ていいのではないだろうか。
そうであれば、内証成仏の血脈相承も無かったのであるから、寿命の通り九ヶ月で急死したと理解することもできよう。
人の寿命は、仏法でも定業とし、延ばす事は難しいことであるから、九ヶ月で急死する場合もあるであろう。
しかしである。それを認めれば、今度は、「清流のごとき血脈は途絶えた事がない」との日蓮正宗の根本教義が嘘だったことになるのだ!
相承を認めれば、相承を受けてから九ヶ月後の急死に説明がつかなくなり、
相承を否定することは、日蓮正宗の根本教義を否定することになるのである。
このように、どっちに転んでも合理化できないのが、怪しい怪しい怪し過ぎる日蓮正宗の「法主血脈絶対論」なのである。